中学・高校と成長するにつれ、正月の過ごし方にも少しずつ変化が生まれました。
大晦日の晩は家族そろって豪勢な夕食を囲み、年越しそばをすすります。除夜の鐘が鳴り始めるころになると、今度は友人たちと待ち合わせ、初詣へと出掛けました。
目的地は広面の三吉神社。自宅から歩いて片道二時間近くかかりましたが、その距離さえ苦にならなかったのは、
この日だけは夜遊びが公認されているという、特別な解放感があったからでしょう。
寒さも忘れ、はしゃぎ過ぎて帰宅はいつも朝方でした。
やがてポストに届く年賀状の束はほとんどが父宛てで、
自分宛ては数えるほどです。その中に気になる同級生の一枚を見つけると、
家族に冷やかされながらそっと部屋に持ち込み、何度も読み返したものです。
最近は年賀状じまいを耳にしますが、これも時代の流れでしょう。印刷が主流になる前の、
手書き文字の並ぶはがきに感じた温もりを思うと、便利さと引き換えに失われたものの大きさを、少し寂しく感じます。
次回は今年最後のブログ。社会人になってからの正月について綴ってみたいと思います。